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ニッポンの音楽 (講談社現代新書)

¥864
K
「ニッポンの音楽/J-POP」の歴史を「外と内の物語」として捉えてたけど、そしたらあれあれいつの間にか歴史/物語が終わってた事に気付いちゃったよ。という本。
でも実のところJ-POPが終焉したんじゃなくて、「ニッポンの音楽ははっぴいえんどに端を発する」と定義した「あなたの物語」が終わっただけの事なんじゃないか。
というか、J-POPって終焉したか?まさか「若者のCD離れ」のみでそんな気分になっちゃった訳ではなかろう。そもそもJ-POPと呼ばれる音楽が「外と内」を意識した事なんて今まであったか?自分の認識ではJ-POPはニューミュージックと同じ類いの本来は無意味な、にもかかわらずいかにもそうとしか呼べないタイプのある種の音楽を指し示す事になった呼び名で、はっきりいってその言葉が生まれた当時から大嫌いでほとんど自分の中では蔑称に近い。なぜミュージシャンの側からその呼び名を拒否する動きが出ないのかが、当時から不思議でしょうがなかった。本書にあるようにコンセプトの遂行とともに終わるのが「リスナー型ミュージシャン」のバンドの特徴だとすれば、小室・つんく・および現在までのJ-POPにそれが当てはまるとは思えないんだけど。本書でも引用される小室のトーク番組に出演した小山田は「小室さんは好きで音楽を聴いてるように思えなかった」という意味の事を言ってた記憶がある。ビジネス上必要だからアンテナを張ってる(そうせざるを得ない)タイプの人で、とにかく音楽好きでひたすら聴き漁ってるような自分とは違う、といったニュアンスだった。当時番組を見て、その通りだと思った。小室って本当に本書で言うような「リスナー型ミュージシャン」?